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福岡高等裁判所 昭和28年(う)1756号 判決 1953年9月22日

控訴人 被告人 安河内督郎こと安河内卯右衛門

弁護人 清水正雄

検察官 安田道直

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人清水正雄の控訴趣意は、記録中の同人提出にかかる控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここに之を引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認若しくは証拠によらずに事実認定の違法)について、

しかし、職業安定法にいう職業紹介とは、同法第五条第一項に規定するように求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあつ旋することをいうのであるから、自ら又は人を介し、両者を引合わせ若くはその手引きをするなど求人者と求職者との間に雇用関係の成立するようその機会を作り出すことであつて、必ずしも自己自らが始終直接求人者と求職者との間に介在し雇用関係の成立に関与することを要しないものと解すべきである。ところで、記録を検討してみるに、原判決挙示の関係部分の証拠を綜合すると、被告人は予て判示吉住教子から特殊飲食店に従業婦として住込みの世話をしてくれるよう依頼されていたところ、たまたま前からの知合いで酌婦等の口入れをする辻繁雄の来訪を受け、同人が山口県下の特殊飲食店稼ぎ女を物色中なることを知り、早速自宅で前記教子を同人に紹介すると共に、同女の右従業婦住込みの希望を申伝えたので、同人は直に之を引受け、同女を山口県小月町に同伴し、更に同県宇部市において従兄上本政義に対し同女の従業婦住込みの世話を依頼した結果、ここに原判示(その第三事実)のように、上本の立会の下に求人側特殊飲食店大幸楼こと中村秀子と求職者側吉住教子との間に前借金五万円で教子を秀子方に従業婦として雇入れの契約が締結せらるるに至つたことが明らかであつて、記録を精査するも、叙上の認定に誤があることを発見することができない。果して然りとすれば、被告人は冒頭説示のとおり職業安定法第六三条第二号にいう公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務である特殊飲食店の従業婦に就業させる目的で、前記吉住教子のために職業紹介を行つた者であることは論を俟たないから、之と同趣旨に帰する原判決は相当で、論旨は到底採用することができない。

同控訴趣意第二点(量刑不当)について、

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた被告人の性格、年齢、境遇並びに本件犯罪の動機、態様、その他諸般の情状及び犯罪後の情況等を考究し、なお所論の情状を参酌しても原審の被告人に対する刑量はまことに相当で、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は採用することができない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴を棄却することとし主文のように判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 後藤師郎 裁判官 岡林次郎)

弁護人清水正雄の控訴趣意

第一点(一)原判決が有罪なりと認定した犯罪事実の中第三の事実に付ては被告人は只、吉住教子を辻繁雄に対し引合せた丈であると主張して居るものであつてその趣旨とするところは職業安定法第六三条第二号に規定する公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介をしたものではないと言うことである。即ち被告人は辻繁雄が如何なる仕事に就かせる目的であつたか又同人が右吉住と如何なる話合の上で如何様にするかは被告人の関知しないところである。

(二)原判決は第三の犯罪事実に付「辻繁雄及び上本政義を介して云々……」と認定せられて居るのであるが被告人は右吉住を辻繁雄に会わせた丈でそれから先の職業に就かせること迄依頼した事実は全然ないのである。

以上の事実は記録全体の中より其の趣旨が表われて居るものと思料せられるのである。

(三)職業安定法第六三条第二号の立法趣旨は被告人の前叙の如き只会わせた丈の行為を処罰するものではない。

(四)以上の通りであるから原判決は事実誤認若くは証拠によらずして犯罪事実を認定した違法があるものと思料せられ此の点において原判決は破棄を免れないものと信ずるものである。

第二点

(一)本件犯行の動機は被告人は年もとつて居り思わしい仕事もなく加うるに神経痛の為その治療費にも困つて居つた際適依頼を受けた為つい紹介するに至つたものであつて全く生活費に困つた揚句の行為で悪質のものではないと考えられるのである。

(二)被告人は十四年前に妻と死別し其の後は被告人一人で子供を教育して来たのであるが被告人が本件により身柄を勾束せらるるに至り子供も通学して居つた学校を止め毎日働いて生活費の一端を稼いで居る状態で誠に気の毒な事情にあるのである。

(三)被告人は以前は隣組長、町副会長世話人等をして来た経歴を持つて居るもので世間の信用を博し相当なる社会的地位を有して居つたものである(記録第一二〇丁乃至一二五丁裏参照)。

(四)被告人は現在では神経痛にて激痛の為目下治療中であり年もとつて居る今日非常に世間態を恥じ後悔して居るもので改悛の情は誠に顕著なものがあり再犯の慮は全然ないと信ずるものである(記録第一〇四丁証人柴田重好証言参照)。

(五)被告人は実刑を科せられたと同様な肉体的、精神的両面に亘り多大なる苦痛を受けて居るもので之以上実刑を科してまで被告人をこらしめねばならぬ程悪質な行為又は人間とも考えられないので以上の諸点御斟酌の上今回に限り相当期間刑執行猶予の御恩典を与えられ被告人及其の家族を助けられんことを懇願する次第である。

即ち原判決が被告人に対し懲役六月の実刑を科したことは苛酷に失し量刑不当と信ずるので此の点においても原判決は破棄せらるべきものと思料するものである。

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